受信の音声が出ない (TS711)
久しぶりに、修理情報です。 最近は自作の作業が多く、修理情報を取り上げる事は少なくなったのですが、今回のTS711の故障は、まず設計ミスが有り、さらに生産上の品質管理に問題がありましたので、かなりの頻度で発生しそうと判断し、公開する事にしました。
故障の症状は、題名のごとく、受信時にスピーカーから音が出ないという、トランシーバーとしては致命的な故障です。 ただ、音が出ないだけでなく、時々、ぶつぶつとノイズが出だし、それが継続した後、無音になる事もあります。 音量ボリュームを急激に変化させると、一瞬音が出る事もありますが、故障が直る事はありません。
オシロを使い信号の流れを追いかけると、オーディオのパワーアンプIC Q11の入力までは信号がきていますが、出力はありません。 このICの出力端子となる1番ピンのDC電圧を測ると約12V。通常、オーディオパワーアンプの出力端のDC電圧は電源電圧の1/2が正常値で、このモデルの電源電圧は13.8Vですから、出力端子のDC電圧は6.9Vでなければ音は出ない事になります。 ICのDCバイアス系が壊れているようです。 入力端子へ信号を伝達するコネクターを外すと、本来0Vであるべき入力端子のDC電圧が約12Vになります。 これらの症状から、ICの故障か周辺のDC接続された部品の故障だという事が推定できます。
基板をとりはずし、半田付け面を観察すると、自動ディッピング装置により、きれいに半田付けされた跡が観察できますが、5番ピンがどこにも接続されていません。 上の配線図上でも、記載がありません。 このQ11というICは富士通製のMB3713という品番です。 このICのデータシートをインターネットの中で検索しました、得られたのは中国語によるデータシートだけでした。
このデータシートによると、5番ピンはOFFSET ADJ用と書かれており、通常は、ここに抵抗を接続して、入力端子に生じるDCオフセット電圧をキャンセルし、出力端子のDC電圧が電源電圧の1/2になるように補正するものです。 このような端子ですので、そのDC電圧を固定する必要があり、通常はGNDに接続されます。 中国語のデータシートでも実施例はGNDへ接続しています。 中国語のデータシートだから信頼性は低いので、このICを使った記事がないかインターネットを調べたところ、1件だけですが、このICを実際に使った回路図が公開されており、その回路図でも5番ピンはGNDへ接続されておりました。
そこで、このオープン状態にある5番ピンをGNDへ落してみました。すると、音が出るではありませんか。 どうやら、5番ピンはオープン状態でも正常に動作はするけど、経時変化で、状態が変わったとき、それをカバーできなくなり、音が出ないという症状に陥るようです。
この5番ピンをGNDへ落して、1時間くらいエージングを行ったところ、また、ぶつぶつとノイズが出だし、音が出なくなりました。
はたと、困ってしまいました。約2時間、推測を繰り返して、気になったのが、ICの半田付けが富士山状に非常にきれいに処理されているのですが、一部の端子は丸くなった団子状のはんだがあります。 この団子状のハンダ付けは、もしかしたら、自動ディップマシンによる芋半田かも?。 そこで、全てのICの半田付けをやり直す事にしました。 方法は40Wくらいのこてで半田を追加しながら、ICの足を暖めるとその内、半田のなかから蒸気のようなけむりが出だし、ICの足に半田が表面張力で張り付く状態となります。 これはICの足の温度と半田の温度が一致したときに起こる現象で、確実に半田付けされた証拠になります。
この作業を行った結果、音が出るようになりましたので、そこから約3時間エージングを行い、異常が起こらない事を確認できました。
5番ピンをGNDに落としていないのは設計ミスですが、生産上でも半田付けのミスがあったようです。
自動ディップマシンは基板をチェーンでドライブするコンベア上に乗せ、それを等速度で送りながら、半田槽の上を通過させ、全部品をはんだつけする装置ですが、このスピードはノウハウがあって、量産工程で最も半田付け不良が発生しないレベルに設定されています。 ところが、バイポーラタイプのパワーアンプは、半田付けする前に、放熱板に固定され、ICの足の熱容量は他の部品よりかなり大きくなっています。 さらに、ICの放熱効果を良くする為に、ICの足の形状は熱伝導が良くなるように設計されている為、 熱容量はいっそう大きくなります。 この辺は大出力用のハイブリッドパワーICとは対照的です。 ハイブリッドパワーICはこのハンダ付け不良を軽減する為に、丸棒タイプの足を使い、かつ途中にキンクを入れ、ハンダ付けの際に足の熱がICの放熱板側へ行かないようにしているのが大半です。 このパワーアンプ用ICで最適な品質を維持する為にコンベアの速度を遅くすると、IC以外の半田付け部分で半田タッチが増加するという問題がありますので、ベスト設定したコンベアの速度を変えるより、不完全な半田付け状態が発生するかも知れないパワーICは、ディップ装置を通過した後、再度手はんだするというのが一般的です。
TS711のパワーアンプのICの半田付けは自動ディップのみで、手はんだの跡がありません。 これが今回の故障の直接の原因と考えられます。
2次加工に出した工場の半田付けレベルがKENWOODが考えている品質レベルに達していなかったのでしょうね。
上の黄色の枠で囲った部分が今回再半田したところです。 これで問題の再発は起こらないかウォッチする事にします。